シナリオ☆おひとり雑技団

過去のシナリオ置き場です。無断転載はお断りしています。感想などはどんどん受付けています。

20枚シナリオ『鏡』

『おしわに紅』

 

 

☆人物
EKKO(前原 吾郎)(48)メーキャップアーティスト
前原 麗子(52)吾郎の姉
前原 さと(76)吾郎の母
YUJI(橋本 有司)(30)メーキャップアーティスト
大里 千登勢(43)ベテラン女優
桜川 はる(21)売れっ子モデル

 

○楽屋
   EKKO(48)が桜川はる(21)にメイクを施している。
   はるはポーチからグロスを取り出し、EKKOに渡す。
はる「仕上げ、これ使ってもらっていいですか」
EKKO「…YUJIのやつね。…最近流行っているわね」
   EKKO、グロスを指でつまみあげて、憎たらしいものを見るかのよう
   に睨みつけている。
はる「あ、でもEKKOさんがCMしてる美容液、ちゃんと使っているから」
EKKO「…いいのよ、…いまや、YUJIの実力は若手ナンバーワンだし…」
はる「やっぱり気にしているの?」
EKKO「彼からしたら私なんてアウトオブ眼中かもしれないけどね」
はる「え、それどういう意味?」
EKKO「…昭和ジョーク。聞かない優しさを覚えてちょうだい」
   EKKOは目を瞑る。そして、目の前の鏡を見る。
   はるの顔の上に、ふわっとメイクをしたはるの顔が浮かんで見える。
EKKO「つかまえた!」
はる「来た?今日のイメージ」
EKKO「びんびん来た…今日はピンクね。ラッキ~メイクアップ!」
  EKKOは腰をくねらせて決めポーズをとる。

○郊外にあるマンション・寝室
   すっぴんになったEKKOが大きなベッドで大の字になっていびきをかきなが

   ら眠っている。
   前原麗子(52)がバンとドアを開けて入ってくる。
麗子「吾郎!起きろ!」
   麗子は履いていたスリッパを脱いで、EKKOの頭を殴る。
   EKKO、跳ね起きる。
EKKO「何すんのよ」
麗子「今日は母さんの病院に行く約束でしょーが!いつまで寝てるのよ」
EKKO「…姉ちゃまだけで行ってよ」
麗子「あんたね…こんな時にまで意地を張るのやめてよね。もう先が長くないんだ
から」
EKKO「…すっぴんで行かないとダメ?お肌の調子が悪いから隠したいわ」
麗子「いいおっさんなんが肌の調子もへったくれもあるか」
   麗子、EKKOの首根っこを掴み、
   ベッドから引きずり下ろす。
   EKKOはベッドにしがみついている。

○総合病院・病室
   病室の患者たちと談笑している前原さと(76)。がらっとドアを開けて、麗

   子とEKKOが入ってくる。
麗子「母さん、調子よさそうじゃない」
   さと、麗子の後ろに隠れているEKKOを見て鼻で笑う。
さと「なんだ、吾郎も来たの。今日はあのズラかぶってないんだね」
EKKO「姉ちゃまがうるさいから…本当はこんなの嫌よ…」
さと「あんた、見たよ。雑誌の恋愛コラム書いてるんだって?…おかまで独身のあんたが、なーんで恋愛論とか語っちゃうんだろうね」
EKKO「おかまって女子受けがいいのよ。男心も分かるけど女心も分かるっていうか」
さと「へっ、男のくせに化粧だ、恋愛論だ、私は子育てを失敗しちまったね…まあ麗子も嫁に行かなかったし…あーあ」
麗子「私のことはほっといて」
さと「あ…今日はイケメン医師が回診なんだった…」
   さとは引き出しから鏡を取り出し、髪の毛を手で整える。
   EKKO、嬉しそうに身支度をしているさとを懐かしそうに見る。

○撮影スタジオ
   EKKOがメイク途中の大里千登勢(43)に叱りつけられている。
千登勢「こんなんじゃ、皺が隠れてないじゃない!もう嫌!」
EKKO「大里さん、でも目尻の皺がとってもチャーミングなの」
千登勢「長年お願いしてきたけど…今度からYUJI君に来てもらうことにするわ」
EKKO「…え…」

○道(夜)
   YUJI(30)がジョギングをしている。道の途中から併走してきたのはE

   KKO。
YUJI「お疲れ様です」
EKKO「お疲れ様…あなた、…ちょっと話があるのよね」
  EKKO、YUJIについていけず息がどんどん荒くなる。
  YUJI、スピードをあげる。
YUJI「大里さんの件ですよね…でも、僕が言いだしたことじゃないんで」
EKKO「大里さんはね、デビューした時から私がメイクしてきたの…あの人肌が弱くって濃いメイクには耐えられないの。厚化粧はダメだからね」
YUJI「…お客様の望み通りにするが僕たちの仕事でしょ」
   YUJI、ふっと笑い、走り去る。
   肩で息をして悔しそうに立ち止まるEKKO。
○前原家(夜)
   さとの通夜が行われており、親戚が集まり宴会をしている。
   棺に入っているさとの近くで、泣きじゃくる麗子、EKKO、麗子の肩を優し

   く撫でている。
麗子「ねえ、…母さん、死んでるみたいに
見えない…今にも悪態ついてきそう」
EKKO「そんなこと言ったら、母さんが天国から唾とばしてくるよ」
麗子「…あんた、母さんをもっと綺麗にしてやってよ…プロでしょ」
EKKO「…私ね…鏡に写っている姿を見ると自然とイメージが湧くのよ…でも…もう母さんは…」
麗子「…最期なんだから、お願い」
   EKKO、棺の中のさとをじっと見る。そして、仕事道具の中から、一本の赤

   いルージュを取り出す。
   EKKOはさとの唇に赤いルージュを丁寧に塗る。そして、手鏡を取り出し、

   さとの胸に置く。
麗子「…赤い口紅…母さんらしいね」
EKKO「私…母さんの口紅をひく姿がすごく好きだったわ…鏡ごしに、母さんが
いつも笑い返してくれていたのを思い出した」
   麗子は顔をくしゃくしゃにして泣きだす。
EKKO「…今まで、この仕事をしてきたのは、この瞬間のためだったのかもしれ
ない…大切な誰かの、一番綺麗な時を作るために。母さん、綺麗よ。ほんとに」
   棺の中のさとは紅のはえた綺麗な顔で静かに眠っている。

○楽屋
   YUJIが千登勢の顔におしろいをはたいている。
   楽屋のドアをノックして、EKKOが顔を覗かせる。
YUJI「…何ですか」
EKKO「…邪魔するつもりはないんだけど…私…」
千登勢「EKKO…」
EKKO「…いつも、鏡に写る女優さんやモデルさんを見て、ふわってイメージが湧いて、それ通りにメイクをしてきたけど…初心に戻って、もっと向き合ってメイクしたいって思ったの。…お願い、YUJI君のメイクを勉強させて!」
   EKKO、YUJIに頭を下げる。
   YUJI、頭をかいている。
   千登勢、YUJIの顔をちらっと見てから、EKKOに顔を向ける。
千登勢「…違うのよ…EKKO」
   EKKO、顔をあげる。
YUJI「…実は、千登勢さん、やっぱりEKKOさんのメイクが良いって」
EKKO「え?」
千登勢「…YUJI君のメイクも好きだけど…チャーミングに年を取る楽しみを教えてくれた、EKKOのメイク…やっぱり、私はあなたじゃないと…」
   千登勢、EKKOのほうに歩いていき、手をとる。EKKO、涙ぐむ。
YUJI「勉強しなきゃいけないのは俺のほうですね…」
   YUJI、腕を組んで考え込む。
   EKKOは黙ってメイク道具からグロスを取り出し、ウィンクする。
YUJI「…あ…使ってくれてるんですか…ありがとうございます」
   YUJI、はにかんだように笑う。
EKKO「…勉強したいなら、私…手取り足取り教えようかしら」
  EKKOがYUJIの腕をさする。
   YUJI、大げさに首を横に振る。
   EKKOと千登勢は顔を見合わせると、あははと笑う。