20枚シナリオ『帽子』
『愛しのノワール』
☆人物
北河(植野) 凜々子(27)専業主婦
古澤 仁太(27)宅配ドライバー
北河 悟(29)凜々子の夫
北河 愛莉(5)凜々子の娘
露店のおじさん
宅配員
○神社(夕方)
色鮮やかな露店が並んでおり、子供たちが人ごみの中を走り抜けていく。
一人の子供が、浴衣姿の北河(植野)凜々子(17)にぶつかる。
子供「あ、ごめんなさい!」
子供はぺこっと頭を下げると友達の待っているところに走って去っていく。
黒いキャップを目深にかぶった古澤仁太(17)が凜々子にかけよる。
手には綿あめが二つ。
古澤「…大丈夫?」
凜々子「うん。あ、ありがと」
会場のアナウンス(声)「18時から予定どおり、清州川花火大会が開催されます。混雑が予想されますので、席取りは無理のないようにお願いいたします」
凜々子は黙っている古澤を見上げる。
黒いキャップに隠れて、古澤の表情が見えない。
凜々子「花火大会、楽しみだね」
古澤は遠くを見ながら、聞く。
古澤「…他に何かいる?花火大会見に行くなら、焼きそばとかそういったのとか…」
凜々子「私はどっちでもいいけど…」
古澤は凜々子の頭を大きな手でぽんっと叩くと、にかっと笑う。
古澤「…買ってくる」
古澤は人ごみに紛れていく。
凜々子は小さな溜息をついて、神社の賽銭箱の前の階段に腰かける。
○清州川・上空(夜)
真っ暗な空に大きな花火が上がっている。人々の歓声、拍手がわきあがる。
○神社の境内(夜)
階段に腰かけて古澤を待っている凜々子は、腕時計を見て、溜息をつく。
露店のおじさんが凜々子を見かけ、声をかける。
露店のおじさん「あれ、お嬢ちゃん、花火始まってるよ」
凜々子「…人を待ってて」
露店のおじさんは客が来て、店に戻る。
凜々子は頬づえをつき、空を見上げる。
花火が遠くのほうで明るく光っている。
○ショッピングセンター・店内
凜々子(27)、北河悟(29)と、北河愛莉(5)が子供服を見ている。
愛莉が飾ってある帽子を手に取り、おしゃまにかぶって回ってみせる。
悟「愛莉は本当に可愛いなー」
凜々子「愛莉、どれにするの?」
悟は別の棚から白いフリルのついた黒いキャップを持ってくる。
悟「愛莉、これも可愛いぞー」
凜々子、黒いキャップを見て黙り込む。
愛莉「えー、黒なんて男の子の色じゃん。ねえ、ママ。こっちのほうがいいよね」
愛莉はピンクの帽子をひらひらさせる。
凜々子「あ…ママもピンクがいいかな」
凜々子は慌てて笑みを浮かべる。
○道路
背の高い向日葵が風に揺れている。
宅配車から大きな段ボールをおろしている古澤仁太(27)。
古澤は黒いキャップを目深にかぶり直し、段ボールを持って、配達先の家のチ
ャイムを押す。
家には「北河」の表札。
○北河の自宅・子供部屋~玄関・内
ベッドで眠っている愛莉、隣で椅子に座りながらウトウトしている凜々子。
チャイムの音がして、凜々子ははっと起きて、玄関に向かう。
○北河の自宅・玄関・外
凜々子が扉を開ける。
大きな段ボールを持った古澤は黙って伝票を凜々子に差し出す。
凜々子はボールペンで伝票にサインする。
古澤「…玄関の中までお持ちしますか」
凜々子「あ、お願いします」
○同・玄関・内
古澤が段ボールを玄関に置く。
凜々子は黒いキャップを見て黙り込む。
古澤「…ありがとうございました」
古澤は玄関からさっと出ていく。
凜々子は荷物を見ているが、はっと振り返って首をかしげる。
凜々子「…まさか…」
○配達車・車内
古澤は黒いキャップを脱ぎ、見つめる。
古澤「…10年か…俺のことなんか覚えてないか…」
○道
家を飛び出してきた凜々子、辺りを見渡し、停車している配達車にかけよる。
○配達車・車内
凜々子に気が付く古澤。
凜々子「…古澤くん?!」
凜々子が懐かしそうに笑っている。
○公園(夜)
黒いキャップをかぶり、シーソーに腰かけている古澤。凜々子が走ってやって
くる。古澤は手をあげる。
古澤「来てくれてありがと…家は大丈夫?」
凜々子「主人が見てくれてるから…」
近くのベンチに、少し離れて座る古澤と凜々子。
古澤「…怒ってる?」
凜々子は古澤のほうを見て、笑う。
凜々子「10年も怒り続けるなんて、すごいエネルギーいると思うけど…」
古澤「…はは、俺のことなんか忘れてるよな」
凜々子は黙っている。
古澤は黒いキャップを脱ぎ、頭をかく。
凜々子はふっと笑う。
凜々子「よくかぶってたね、それと同じの」
古澤「…たまたま転職したら、ユニフォームと帽子が黒だった」
凜々子「…わたしね、仁太のこと思い出してたよ、それ、みるたびに…」
古澤「…ごめん。あの時は。凜々子が泣くだろうなって想像したら、引っ越すなんて言えなかったんだ」
凜々子「おいてけぼりの方が辛いよ…」
古澤は凜々子をじっと見つめ、そっと口づけする。凜々子は目をつぶる。
○北河の自宅(夜)
寝室で寝ている愛莉と悟。
寝室のドアを小さく開けて、二人を見つめる凜々子。
○道(朝)
自転車に乗って家に戻ってきた凜々子、道に停まっている配達車に気が付く。
配達車の窓が開き、古澤が顔を覘かせて、凜々子に笑いかける、凜々子は戸惑
ったように笑う。
○配達車・車内(朝)
助手席に乗っている凜々子、車を走らせている古澤。
古澤「この前は…ごめん」
凜々子「…え?」
古澤「…凜々子にキスしたこと」
凜々子は前を向いて、黙りこむ。
古澤「10年前に気持ちが戻っちゃって、…ダメだって思いより、凜々子のことを」
凜々子「(遮って)言わないで」
古澤「こんな偶然はないと思うんだ…あの時、
別れたけど…でも、俺は…」
凜々子「…私、ずっと待ってたよ。大好きだったから…。そんな待ちぼうけの人生から、私を拾ってくれたのは…それは」
古澤「…俺、じゃなかったね」
古澤は道に車を停める。黙り込む二人。
凜々子「仁太の10年、私の10年、それぞれに幸せだと思えるものだったはず。だから、…昔のことで、懐かしんで、今を台無しにしてもいいのかな…」
古澤は凜々子の手をとり、握りしめる。
古澤「凜々子は今が幸せ、なんだね」
凜々子「…うん」
古澤は凜々子を抱き寄せる、凜々子は古澤の胸に顔をうずめる。
○北河の自宅・玄関・外
凜々子がドアを開けると、赤い帽子の宅配員が段ボールを持って立っている。
凜々子「赤…」
宅配員「あ、帽子ですか。コーポレートカラーが変わったんです。慣れませんけどね」
○北河の自宅・リビング
開いた段ボール、開封された手紙がテーブルに置いてある。
凜々子が黒いキャップをかぶって、リビングの鏡を見つめている。
リビングに愛莉が入ってくる。
愛莉「なにそれー、黒なんて変だよー」
凜々子は黒いキャップを脱ぎ、まじまじと見つめる。
凜々子「…どうして、こんなの忘れられなかったんだろ」
黒いキャップと手紙が段ボールにしまわれる。
凜々子(声)「さようなら、愛しのノワール」