シナリオ☆おひとり雑技団

過去のシナリオ置き場です。無断転載はお断りしています。感想などはどんどん受付けています。

20枚シナリオ『ススキ』

『隠れ鬼』

 

☆人物

大原 一華(9)(29)女優

大原 ふみ(50)一華の母

大原 良行(53)一華の父

櫻田 亮人(31)一華の夫

 

○結婚式場・控室

   純白のドレスを着た大原一華(29)が鏡の中の自分を見つめている。その後ろ

   でウロウロしている、白のタキシード姿の櫻田亮人(31)。

一華「あなたのそんなところ初めて見た」

亮人「心臓が口から出るっては、こういう時に使うんだろうな」

   ノックの音がして、式場のスタッフが顔を覗かせる。

スタッフ「大原様…これをお届けしたいと女性の方が…」

亮人「…ススキ?」

   ススキの花束を持っている亮人を振り返って見る一華。

一華「…あの、それを届けた方は」

スタッフ「もう帰られましたけど」

   一華、ドレスを引きずったまま、部屋の外に出ようとするが、亮人が引き留め

   る。

亮人「もう式が始まるよ」

一華「…お母さんかもしれない…ススキを届けた人…」

   一華、亮人を振り切り、部屋の外に出る。

 

○(回想)草原(夕方)

   一華(9)が手で自分の顔を覆い、木に向かって、数を数えている。

   草原には、大人ほどの背丈のあるススキが連なって生えている。

一華「6、7、8、9、10」

   一華は手を顔から離して振り返る。

   一華は辺りを見渡して、ススキの中を両手でかき分けながら進んでいく。

一華「鬼さん、どちらー」

   かき分けても、かき分けてもススキ、一華の顔は不安で曇っていく。

一華「鬼さん…お母さん?お母さん」

   ススキの大群から抜け出した一華、草原をきょろきょろと見渡す。

一華「…お母さん?」

   夕暮れの空にほっそりとした月が浮かんでいる。

 

○結婚式場・廊下

   辺りをきょろきょろ見渡している一華。亮人とプランナーがやってきて

   一華に話しかける。

プランナー「私たちもお探ししたのですが…会場には、いらっしゃらないようです」

一華「…そうですか…」

   一華、溜息をつく。

 

○結婚式場・チャペル・外・扉の前

   一華、大原良行(53)が扉の正面に並んで立っている。

一華「…お父さん」

良行「なんだ」

一華「お母さんが…会いに来た」

良行「え?」

一華「…ススキが控室に届けられたの…子供の頃よく遊んでた草原にたくさん咲い

ていたススキ…お父さんも覚えているでしょ」

良行「…もう昔のことは忘れた」

一華「…私、お母さんに見つけて欲しくて気づいて貰いたくて、女優になったのよ。…どうしてお母さんが家を出て行ったのか…真実が知りたかったから」

良行「…真実か…」

   プランナーが近づいてくる。

プランナー「そろそろ入場のお時間です」

   

○結婚式場・外

   橋本ふみ(50)、チャペルの鐘の音に耳を澄ませている。

 

○結婚式場・披露宴会場

   テーブルを回って、招待客と記念撮影をしている一華と亮人。

   親戚席に良行がいないことに気が付き、一華はきょろきょろする。

亮人「お義父さん、トイレかな」

一華「ビール飲みすぎて吐いてたりして」

亮人「ちょっと見てくるよ」

 

○結婚式場・廊下

   廊下の端で良行が携帯電話を持って、電話をしている。

良行「どういうつもりだ!こんな祝いの席に…縁起でもない」

   歩いてきた亮人、良行に気が付くが、声を掛けづらくなり、良行の電話を陰でこ

   っそり聞いている。

良行「…お前が自分から家を出て行ったんだろ…男が出来たので出ていきました、ごめんなさい、とでも言うのか…あいつがどんな思いで今まで生きてきたか。…とにかく、…今後は一華に手紙も送ってきたりするな…分かったなら早く帰れ…」

   良行は携帯電話を切ると、深い溜息をつく。

亮人「お義父さん」

   良行はびくっとして亮人を見る。

良行「…聞いていたのか」

亮人「…電話の相手、一華のお母さんですか?そうなんですよね?さっき、ススキを控室に届けに来た人がいたんです」

良行「…俺は男手ひとつで一華を育ててきた…一華も母親に会いたい心ひとつで女優になって…。20年前のことを今、知ったところでどうなるっていうんだ…知らない方がいいこともあるだろう」

亮人「…一華は母親が出て行ったことで自分を責め続けてきました…彼女はもう子供じゃない。知る権利があります」

良行「…勝手にしろ」

   亮人は良行にぺこりと礼をすると、廊下から通じる階段を走って降りていく。良

   行は亮人の後ろ姿を黙って見ている。

 

○結婚式場・外

   生け垣に座って遠くを見ているふみ、亮人が後ろから声をかける。

亮人「あの…一華のお母さんですか」

   ふみ、振り返り、亮人の姿を見て、目を見張る。

ふみ「…あの…」

亮人「…お義父さんには反対されたんですけど…一華に会ってやって下さい」

ふみ「…あの子に会う資格なんてないのは分かっているのよ…でもあの子の晴れ姿を一目見たくて…」

亮人「人見知りの一華が女優になったのは…あなたに会うためでした。一華の20年間はあなたに捧げたようなものだったんです…これからの人生は一華のためだけのものにしてやりたいんです」

   ふみ、手で顔を覆い、嗚咽を堪えながら涙を流す。

 

○結婚式場・外・中庭(夕方)

   私服姿の亮人が歩いてくる、後から一華がついてくる。

亮人「…あれ…」

一華「亮人、ねえ、お母さんはどこ」

亮人「…5時にここでって…」

   一華、ベンチの上に置かれた手紙に気が付き、手に取る。

亮人「ちょっと探してくる」

   亮人、中庭を飛び出して、外に出る。

   一華、ベンチに腰かけ、手紙を開ける。

ふみの声「一華へ…あなたの顔を見て、ちゃんと謝らないといけないと分かって

いたけれど、勇気が出ませんでした。私が家を出たのはあなたのせいでも、お父さん

のせいでもありません。私の我儘にずっと付きあわせてしまいましたね、ごめんなさ

い。優しい彼と幸せにね』」

   一華は手紙を顔に押し当てて涙を流す。

一華「お母さん…なんで…」

   

○草原

   背の高いススキが風に揺られている。

   一華と亮人が手を繋いで歩いている。

亮人「そっか…お義父さんがね…」

一華「20年分の手紙…まだ読み切れていないけど…私から返事がなくても書き続

けてくれていたことが…嬉しかった…ねえ、お母さん、どんな風だった?」

亮人「何度めだよ…綺麗な人だった。一華も何十年かしたら、あんなおばさんになるんだな」

一華「おばさんってひどい…」

   一華、ススキの方へ歩いていく。

亮人「冗談だよ、怒らないでよ」

   一華、ススキの大群にどんどん突き進んでいく。

一華「…隠れ鬼…子供の頃はうまく隠れられたのにな…」

   亮人、一華の腕を掴み、引き留める。

亮人「もう大人なんだから。行こうか」

一華「…うん」

   亮人、一華と手を繋いで歩き出す。

亮人「おばさん、おじさんになっても、ずっと一緒にいような」

一華「え?なんて?」

亮人「聞こえただろ」

   一華、振り返ってススキの方を見る。

   強い風が吹いてススキが大きく揺れ、その間に、ふみが泣いたように笑っている

   姿が一瞬見える。

   一華は小さく微笑むと、前を向いて、亮人とともに、夕日に向かって歩いてい

   く。