20枚シナリオ『おせっかい』
『熱烈歓迎! 宵町ハイツ』
★人物
櫻田 温美(45)101号室の住人・大家
雪路 大典(22)102号室の住人
中山 ミサ(26)201号室の住人
原 二朗(80)202号室の住人
岡本 知美(34)301号室の住人
岡本 龍成(8)301号室の住人・知美の息子
黒井 康太(31)ミサの働く店の客
○宵町ハイツ・外観(朝)
3階建ての古いアパート。アパートの外壁に、「宵町ハイツ」と書かれた木の板
が張り付けられている。
○宵町ハイツの前・道
赤や黄色の落ち葉を箒で掃く温美。
道を掃除し終わり、満足そうな顔。
○宵町ハイツ・1階(朝)
掃除道具入れに箒をしまっている温美。
金色の長い髪を無造作に後ろでくくった、派手な格好をした中山ミサ(26)
が、温美の横を通り過ぎようとする。
温美「お帰り!」
ミサ「(一応頭をさげる)…」
温美「顔色悪いわよ。飲み過ぎたの?」
ミサ「…別に」
温美「女は25歳過ぎたらひたすら下り坂。若いと思って油断したら駄目よ。後で、
しじみの味噌汁持っていこうかしら」
ミサ「…あ、いいです」
淳美「あなたのために言ってるのに。親切は受け取らないと」
ミサ、黙って階段を上がっていく。
温美「(微笑み)…相変わらず、照れ屋ね」
○宵町ハイツ・101号室・内(朝)
机に、和食の朝ごはんが並んでいる。
机の前の温美、手を合わせる。
温美「(微笑み)いただきます」
箪笥の上に、中年の夫婦の写真立てと、その前には細い煙を吐いている線香。
壁に、『一日一禅』と書かれた紙が貼られている。
温美「(微笑み)後で、雪路君に、カレーうどんでも、差し入れますかね…」
○同・102号室・内
カーテンが閉められ、真っ暗な部屋。
机の電気スタンドの光が、机に向かっている雪路大典(22)を照らす。
何やらブツブツ言いながら、ノートに殴り書きをしている雪路。
雪路「…死のう…今年…もう後がない…」
ノックの音。雪路は顔をあげる。
× × ×
雪路は丼を持って、机に戻り、丼のラップを取る。眼鏡が白く曇る。
雪路「…ふふふふふ」
雪路は一心不乱にカレーうどんをすすって、幸せそうにしている。
○同・301号室・玄関・内外(夜)
玄関の前で、数個のタッパーを持って立っている温美。
うんざりとした顔の岡本知美(34)が、少しだけドアを開ける。
頬がこけており、バサバサの髪の毛を後ろで一つくくりにしている。
知美「…要らないって言いましたけど」
温美「(微笑み)新鮮なお野菜がたくさんあってね、私、一人じゃ食べきれないし。育
ちざかりの龍成君にあげてちょうだい」
知美「…子供に何を食べさせようと、うちの勝手です。口出さないでください」
温美「でも、龍成君、最近学校に行ってないみたいじゃない…せめて、美味しいものを
食べて元気を」
知美「(遮って)仕事が忙しくて、スーパーの惣菜になることだってありますけど…
母親ですし、ちゃんと考えてます!」
温美、知美の胸にタッパーをおしつける。
温美「(微笑んで)来週も来るわね」
知美、胸の中のタッパーを見下す。
○宵町ハイツ・階段(2階~1階)(夜)
階段を降りている温美、202号のドアの鍵を開けている、原二朗
(80)に気づき、声をかける。
温美「こんばんは、原さん」
原はちらりと温美を振り返って見るが、
黙って部屋の中に入っていく。
○宵町ハイツ・101号室・内(夜)
豆電球が灯る部屋で、ベッドの上で仰向けに寝ている温美。天井を見ている。
温美「…ありがとうなんて言われなくても、人の役に立てることをする…それが私の
使命…きっと、いつか分かってもらえる」
○宵町ハイツの前・道(深夜)
暗闇の中、電柱の後ろから、じっと宵町ハイツを見ている黒い人影。
○宵町ハイツ・101号室・玄関・外(朝)
雪路「…これ、ありがとうございました」
雪路、丼を温美に手渡す。
温美「いいのよ。今年こそ頑張って!」
雪路「(途端に暗くなり)あ、はい」
温美「今日は豚キムチ持っていくわね」
雪路「…でも、毎日、悪いです…はい」
温美「人に喜ばれることをすることが、私の幸せなの」
雪路「…助かりますけど…あの…僕以外の人が必ずしも喜んでいるかは…はい」
温美「(驚いて)え?どういうこと」
雪路「…あ、こういった好意を良く思わない人もいるという一般論です…はい」
雪路は困り顔で頭の後ろをかく。
○宵町ハイツ・202号室・玄関外(夕方)
岡本龍成(8)がこっそり出てきて、ドアを閉める。
温美「また、碁、習いに行ってたの?」
龍成はばっと振り返り、温美を見て睨みつける。
龍成「…このこと、母さんに言ってない?」
温美「…言ってないけど、でも、学校に行かないで、原さんのところに通い詰めている
こと、ちゃんと話すべきよ」
龍成「『エリートになるための勉強』以外は何でも禁止だから。…野球だって…」
温美「話し合えばいいのよ、親子なんだし」
龍成「簡単に言うなよ…」
温美「…ご飯はちゃんと食べてる?」
龍成「ほうれん草の和え物…美味しかった」
龍成は温美の横を走って通り過ぎ、階段を駆け上がっていく。
外で若い男女の言い争う声がする。
温美は慌てて階段を降りていく。
○宵町ハイツ前・道(夕方)
黒井康太(31)が嫌がるミサの腕を引っ張って連れて行こうとしている。
ミサ「やめて!警察呼ぶから」
黒井「てめえ。散々貢がせておいて。お前こそ詐欺罪で捕まるぞ」
ミサ「本気にするほうがバカなのよ」
黒井「何だと?!」
箒を持った温美が道に飛び出してくる。
温美「こらーーー」
驚くものの、更に威勢強く叫ぶ黒井。
黒井「なんだ、くそババア!」
温美は黒井に勢いよく箒を振り下ろす。
黒井はにやりと笑って、箒を手で掴むと、箒ごと温美を道に倒す。
温美、背中を強く打ち、ううっと呻く。
ミサ、温美に駈け寄ろうとするが、黒井に更に強く髪の毛を引っ張られる。
ミサ「離して!」
温美「(顔をあげて)自分より弱いものに暴力を振るってはいけないわ」
黒井「こいつは俺の心を傷つけたんだ。同じ分だけ傷つけたっていいだろ!」
温美、再び立ち上がろうとする。
温美の前に、原が飛び出してくる。
黒井「何だよ、何だよ。老人は黙ってろ」
原は小刀をさっと取り出し、黒井に向ける。
原「…ただのジジイなら良かったがな…」
原の目は常人のものではなく、黒井は青ざめて、ミサから手を離して、
逃げていく。
ミサ「ありがとう…えっと、原さん…」
ミサ、頭を下げる。
温美、ゆっくり立ち上がって原を見る。
温美「原さん…どうして…」
原「…お隣さんを助けて何が悪い」
温美、笑顔になって、首を横に振る。
温美「悪くない!ありがとう!!」
原、ふっと笑って、宵町ハイツへ。
温美、ミサに近づき、髪の毛を撫でる。
温美「…こういう日は暖かいお風呂に入りなさい。…自分を責めないこと」
ミサ「…自業自得だよ…迷惑かけたね」
温美「世話焼きおばさんと、世話焼きおじいちゃんに助けられたわね」
ミサと温美、笑いあう。
○宵町ハイツ・101号室・内(朝)
チャイムの音。温美は立ち上がる。
○同・同・玄関・内外(朝)
空のタッパーを持った知美、ランドセルを背負った龍成が立っている。
知美「…あの…ちゃんと作れるように頑張るので…もう大丈夫です…」
温美「…そう。でも大変だったらいつでも言ってね」
知美、深く頭を下げる。
龍成「…原さんがね、お節介だけどって、野球のこと、母さんに話してくれたの…」
温美「(嬉しそうに)原さんったら…私の出る幕がなくなるわねえ」
龍成「だね。じゃ、いってきます」
知美、龍成、笑顔で出かけていく。
温美、笑顔で手を振って二人を見送る。
温美「…さあて…今日も一日頑張りますか」
温美、静かに微笑み、ドアを閉める。