シナリオ☆おひとり雑技団

過去のシナリオ置き場です。無断転載はお断りしています。感想などはどんどん受付けています。

20枚シナリオ『誘惑』

「ふくよかな欲望」

 

☆人物

佐倉 奈々枝(26)主婦
佐倉 文弥(24)奈々枝の夫
海原 あい(20)ジムのインストラクター
中年男1
中年男2

 

○会員制のジム
   佐倉奈々枝(26)の二重顎がぷにぷにと揺れている。
   ランニングマシーンでふくよかな身体をゆすりながら走っている奈々枝。
   スタイルの良い身体が強調されるようなウェア姿の海原あい(20)が笑顔
   で近づいてくる。
あい「佐倉さん、きつかったら速度を緩めましょう。息吸ってくださいね」
   奈々枝、あいのくびれた腰をちらっと見る。

 

○佐倉家・台所(夜)
   冷蔵庫に貼られている紙に、『デブは一瞬で作られる』と書かれている。食器棚

   の上に『開封厳禁』と書かれた箱。
   奈々枝、コンロに小鍋を置き、糸こんにゃくを煮始める。
   奈々枝のお腹がぐうと鳴る。恨めしげに食器棚の上の箱を見上げる奈々枝。
   ピンポーンとチャイムの音。
   
○佐倉家・リビング~台所
   机の上に開封された段ボール箱。
   中にポテトチップスの袋(大)が4つ。
   机の上の紙に『公正な抽選の結果、新製品のキャンペーンに当選しました』。
   奈々枝、袋を持ち、振ってみて、その音を愛おしげに聞く。そして、はっと

   して、段ボールを持って、台所に行く。

   食器棚の上の段ボールを取ると、床に置き、開ける奈々枝。
   中に大量のお菓子が入っている。
   奈々枝、ポテトチップスの袋を中に入れていく。小さなチョコ菓子を手
   に取り、裏の表示を見て、固まる。

   奈々枝、立ち上がり、小鍋のこんにゃくを能面の顔ですすり始める。

 

○佐倉家・寝室(夜)
   スーツ姿の佐倉文弥(24)が寝室のドアを開ける。文弥、痩せている。
文弥「ななちゃん、起きてたん?」
   ベッドの上の奈々枝、起き上がり、
奈々枝「眠れやんくて……」
文弥「お腹空いてて、やろ。無理しないで食べたらいいやん」
   文弥、奈々枝の隣に腰かけ、奈々枝を抱き寄せる。  
文弥「ななちゃんのフワフワな感じ、俺好き」
奈々枝「(膨れて)フワフワって言わんで」
文弥「幸せなフワフワやんか」

 

○(回想)ジム
   奈々枝がランニングマシーンで走っている。

   ジムの入り口に文弥が現れて、奈々枝に手を振る。奈々枝も気が付く。

   あいが文弥に気が付き、奈々枝と見比べて、文弥に近づいていく。

   文弥はスマホをあいに手渡している。

   ランニングマシーンの近くにいた中年の男2人が、あいと文弥を見ている。
男1「あれ、海原さんの彼氏やんな」
男2「あれくらいスタイル良くなれば、俺も相手してもらえるんかな」
男1「腹じゃなくて顔がダメやろ」
   奈々枝、文弥とあいが楽しそうに話しているのを走りながら見ている。

 

○元の佐倉家・寝室(夜)
   文弥の腕に抱かれている奈々枝。
奈々枝「ふみ君、私、絶対に痩せて綺麗になるでな」
文弥「俺は今のななちゃんが好きやに」
   奈々枝、首を横に振る。

 

○道
   青い空にゆっくりと雲が流れている。

 

○車内
   運転している文弥と助手席の奈々枝。
文弥「遠出は久々で、嬉しいわぁ」
奈々枝「でも、どこに向かってるん?」
文弥「え? 秘密やで」
   奈々枝、嬉しそうに笑い、前を向く。

 

○伊賀・『もくもくファーム』・駐車場
   車の中を覗きこんでいる文弥。
文弥「着いたで、行こ」
   助手席に座って頑なに動こうとしない奈々枝、恨めしそうに文弥を見て、
奈々枝「ここ、牧場的な、そういう……美味しそうな豚とかが食べられる……」
文弥「子豚のショー見た後で、食べられるかって話やけど、絶対美味しいで」
   奈々枝、首を横に振り続ける。


○伊賀・もくもくファーム・BBQ場
   灰色の煙が空に消えていく。
   奈々枝、網の上の豚肉の塊をじっと見つめている。
   文弥、焼いた豚肉の塊を奈々枝にトングで持って、差し出す。
文弥「我慢してて、しんどいやろ。食べや」
奈々枝「この1か月間……私が肉とお菓子を一切取らんで、ジムに週5も通って痩せよ

 うってしてるのに。無神経すぎる」
文弥「え……でも、最近元気ないから、元気になって欲しくて、俺なりに考えて」
奈々枝「分かるよ? 分かるけど、綺麗になりたいんよ。こんな……こんなんじゃ、

 釣り合わないんよ。ふみ君とお似合いじゃないんよ!!」
文弥「よお分からんけど、我慢してイライラしてるからって、俺に当らんでよ」
   文弥、トングを乱暴に机に置いて、席を立つ。


○車内(夕方)
     不機嫌そうに運転する文弥。   
     窓の景色を見て、文弥を見る奈々枝。
奈々枝「こっちの道、文弥の実家に行く道やん。急にどうしたん」
文弥「ちょっとね」

 

○文弥の実家・外観(夜)
   田舎道の中にぽつんとある古びた家。

 

○同・文弥の部屋(夜)
   文弥がクローゼットの上を漁っている。文弥が中学の卒業アルバムを手に取り、

   ベッドに座っている奈々枝のところへ持っていく。
奈々枝「(手に取り)これ、ふみ君の?」
文弥「この中……俺、どれだと思う?」
   1クラス分の生徒が並んでいる集合
   写真を覗きこむ奈々枝と文弥。
奈々枝「(すぐに指さして)これ?」
文弥「違う」
奈々枝「(悩んで)……これ?」
文弥「ぶーー」
奈々枝「いないやん、別のクラスやろ」
   文弥、クラスで一番太っている男子生徒の上に指先を持っていく。
文弥「いるやん、ここに」
   奈々枝、顔を上げ、文弥と見比べる。
奈々枝「嘘や」
文弥「嘘やないもん。これ、俺やし」
奈々枝「え……でも」
文弥「めっちゃ俺太ってたんよ。で、高校生ん時、バスケやってたら、背も伸びて
 痩せたけど……意外だった?」

奈々枝「痩せるには運動が必要ってこと?」
   文弥、奈々枝の肩を優しく手で持ち、
文弥「違う。俺さ、コンプレックスがめっちゃあって。初めてななちゃんに会った日の

 こと、覚えてる?バイキングで皿にいっぱい料理載せて。美味しい、美味しいって笑

 顔で食べてるん、めっちゃ可愛かったんよ。俺が悩んでたんバカみたいやなって思っ

 たもん」
奈々枝「で、でも、本当は……あいさんみたいなスタイルの良い子のほうが」
文弥「俺、そんなこと一言も言ってない」
奈々枝「でも」
文弥「うるさい。ななちゃんが痩せて綺麗になりたいって言うのは止めないけど、俺、

 今のななちゃんが大好きやで」
   奈々枝、泣き笑いで頷く。文弥と奈々枝、抱き合う。

 

○ジム
   奈々枝、ランニングマシーンで走っている。奈々枝、顔がしゅっとして

   いる。
   奈々枝のもとへ、あいが近づいてくる。明らかに太っている。
あい「この調子で頑張って下さいね」
   近くにいる中年男2人がぼそぼそと話している。
男1「どうして急にあんなに太ったんや」
男2「海原さん、恋愛する相手に合わせて体型変えるくらいストイックなんちゃう」
   
○ジム・休憩室
   文弥、スマホをいじっている。
   あいが近づいてきて、にこっと笑う。
   文弥、あいの顔と身体を見回して、
文弥「雰囲気変わりました?」
あい「最近食欲がすごくって」
文弥「いっぱい食べる女子可愛いです」
   あい、文弥のスマホを奪い、電話をかける。
あい「いつでも連絡してください」
   文弥、去っていくあいの尻を見ている。
   休憩室に入ってくる奈々枝、あいを振り返って見て、文弥を訝しげに見る。

   文弥、スマホをさっと隠す。