20枚シナリオ『古傷』
「ダウト・アウト・ダディ」
★人物
荒谷 直弥(33)(20) 美容師
藤ヶ谷 香澄(33)(20)直弥の元彼
荒谷 いずみ(39)直弥の妻
○渋谷・クラブ(深夜)
大音量の音楽が流れる中、男女が激し
く踊り狂っている。荒谷直弥(33)
はカウンターに腰掛け、テキーラを一
気に飲み干す。
藤ヶ谷香澄(33)がカウンターにや
ってくる。荒谷の横顔をチラッと見る
と、香澄は慌てた様子で去る。荒谷、
振り返って、香澄の後ろ姿を見る。
○レディースクリニック・外観
荒谷がドアから出てきて、遅れて、ハ
ンカチで目を押さえている荒谷いずみ
(39)が出てくる。いずみの目元は
赤く腫れている。
荒谷「……もう、やめようか。俺、いずみが
これ以上苦しむのを見たくない」
いずみ「今まで頑張ってきたのに? 父親に
なりたくないの?」
荒谷「そんなことないけど……こうやって言
い争いになるくらいなら、俺は」
いずみ「私のせい? 私がこんな年上じゃな
くて、普通の身体だったら、直弥は苦しま
なかったよね」
荒谷「だから、俺はいずみのことが心配で」
いずみ「嘘つき! 現実から逃げてるだけじ
ゃん。あなたが種無しだったら? 検査く
らいしてよ!」
荒谷、もっていたいずみの鞄をいずみ
に押し付けると、去る。いずみ、荒谷
の後ろ姿をぼーっと見つめる。
○渋谷・クラブ(深夜)
肩でリズムを取って踊っている荒谷。
露出した服を着た若い女が声をかける。
女「お兄さん、3万でいいよ」
荒谷「は?」
女「相手探してるんじゃないの? 私、ピル
飲んでるから、色々面倒もないしさ」
荒谷「うるさい、消えろ」
直弥、女の腕を振り払う。
女「何よ」
女、荒谷の脛を蹴って、去る。荒谷、
うっと屈み、脛をさすっている。
ピンヒールの赤い靴が目の前に見える。
香澄「あなた、大丈夫?」
顔を上げて、荒谷、驚いた顔。香澄、
はっとして去ろうとするが、荒谷が、
香澄の腕を掴む。
荒谷「逃げんなよ」
香澄、ゆっくりと振り返る。
香澄「……久しぶり、やね」
○居酒屋(深夜)
カウンター席で並んで酒を飲んでいる
荒谷と香澄。香澄、赤い顔。
香澄「へえ、姉さん女房かー……意外やわ」
荒谷「お前はどうなん?」
香澄「結婚してる女がクラブで踊りまくって
たら、それはどうなん?」
荒谷「そんなん言ったら、俺アウトやん」
香澄「男の人は仕事の付き合いとか言うて、
ほんまは遊んでたりするんやろ?」
荒谷「その言い草、お前、バツついてんな」
香澄「バツ3、子供5人」
荒谷「え?!」
香澄「アホ。傷一つない綺麗な身体やわ」
荒谷「(まじめな顔で)それはちゃうやろ」
香澄「(まじめな顔で)……あんたが言うな」
荒谷「俺のせい、やったな」
香澄、ワインをぐいっと飲み干し、そ
して、机につっぷす。
荒谷「大丈夫か? タクシー呼ぼうか」
香澄「まだ、全然酔ってへんで?」
香澄、目を開け、笑う。
○路上・タクシー・車内~車外(深夜)
香澄がタクシーの後部座席でうとうと
している。隣に乗り込む荒谷。
荒谷「(運転手に)笹塚まで」
香澄「(はっきりした声で)あ、降ります」
香澄、荒谷の腕をとり、車外へ。
タクシー、去っていく。
荒谷「(呆れて)何考えとんねん」
香澄「私達さ、あんなことがなかったら、付
き合ってたよね……結婚してたかも」
荒谷「そんな、たらればの話されても」
香澄「……たらればに、せえへんかったらえ
えやん」
香澄、荒谷に近づくと、唇を激しく吸
う。荒谷、驚き、香澄の身体を引き離
す。香澄は構わず荒谷の首に手を巻き
つけ、再び荒谷に口付ける。荒谷も、
香澄の腰に手を回し、それに応える。
○ラブホテル・部屋の中(深夜)
ベッドの上、裸の荒谷と香澄が肩を並
べて仰向けに横たわっている。
香澄「私ね……」
荒谷「何?」
香澄「何でもない」
荒谷「言いや」
香澄「ほんまはな……産みたかった。怖かっ
たから、逃げたけど、直弥の子供、欲しか
った」
荒谷「すまんかった」
香澄「昔の話や、もう……何なら、今から作
る?」
荒谷、香澄の上に覆いかぶさる。
○マンション・荒谷家・リビング(朝)
ソファの前で膝を抱えて座っているい
ずみ。うとうとしている。
テーブルの上の携帯電話に手を伸ばし
て、荒谷に再び電話をかける。
いずみ、応答がないが、そのまま携帯
電話を耳にあてて、ぼーっとする。
○渋谷・美容院・内
15席ほど椅子があり、すべて客で埋
まっており、スタッフが忙しなく動い
ている中、客の髪をカットしている荒
谷。いずみがドアを開けて入ってくる。
スタッフ(女)「いずみさん、今日予約入ってましたか?」
いずみ「(近づき)あなた? 直弥に手を出してるのは?」
直弥が気がつき、顔をあげる。
スタッフ(女)「店長、いずみさんが……」
荒谷、駆け寄ってきて、いずみの腕を
取り、自分に引き寄せる。
荒谷「(スタッフたちに)ちょっと、悪い、
外出てくる」
荒谷といずみが店の外へ。
スタッフたち、顔を見合わせる。
○渋谷・路上
木陰で立って向かい合っている荒谷と
いずみ。いずみ、俯いている。
荒谷「……悪かった。連絡もしないで……
昨日はちょっと帰りたくなかったから」
いずみ「やっぱり年下の若い女の子のほうがいいんでしょ。どの子と浮気してるの?」
荒谷「(遮って)いい加減にしろ。職場に波風立てるとか、最低だぞ」
いずみ「ご、ごめんなさい。でも、私は赤ちゃんが欲しいの。幸せな家庭にしたいの。それだけなの!!」
いずみ、持っている鞄で荒谷の胸元を
殴り、そして、肩を下げて帰っていく。
○渋谷・美容院・内(夜)
スタッフの女が花束を持って笑ってい
る。スタッフたち、荒谷がそれを囲ん
で拍手をしている。
スタッフ(男)「元気な赤ちゃん産めよ」
スタッフ(女)「ありがとう」
荒谷、スタッフの膨らんだ腹を見る。
○路上(夜)
携帯電話を耳にあてながら歩いている
荒谷。
荒谷「……香澄、会いたい」
香澄(声)「私も。今から、来て」
荒谷「今から? 分かった」
荒谷、きびすを返して駅に向かおうと
する。角を曲がると、いずみが立って
いる。
いずみ、空ろな目で荒谷を見つめ、そ
して笑う。
いずみ「行けば? 行きなさいよ」
荒谷「つけてたのか?」
いずみ「でも、私、絶対別れないからね。私
はあなたの赤ちゃんを絶対産む。幸せにな
るの……絶対」
荒谷「もう、やめてくれよ……俺は種なしな
んかじゃない……それに種馬でもない」
いずみ「あ、あれは言い過ぎたけど、で
も、夫婦の大切な問題に向き合ってくれて
ないから」
荒谷「……そうだな、でも、俺は、子供の父
親にはなれそうにないよ。ごめん」
いずみ、その場に泣き崩れる。
荒谷はいずみの横を歩いていく。
荒谷「もう、面倒なことはこりごりだ」
○渋谷区役所・外
荒谷といずみが出てくる。
いずみ「じゃ」
荒谷「今までありがとう」
いずみ、去っていく。
○渋谷・カフェ
お腹のふくれた香澄が幸せそうに腹を
触っている。
香澄「もうすぐ、パパが来るからね」
カフェの外から香澄を見ている荒谷。
荒谷「……これで良かったのか?」
香澄、荒谷に気がつき、手を振る。
荒谷、ぎこちなく笑顔を浮かべる。