20枚シナリオ『死』
「屠所の羊は眠らない」
★人物
諸岡 雁(25)刑務官
諸岡 愁(20)諸岡の弟
五藤 すず子(57)死刑囚
木原 昭三(43)刑務官
○一軒家・諸岡家・居間(朝)
テレビで天気予報が流れている。
諸岡雁(25)が立って歯磨きをし ながら、テレビを眺めている。
バタバタと足音が聞こえ、慌ただしく
居間に入ってくる諸岡愁(20)。
愁「やっべぇ、寝坊~。おはよ、兄貴」
雁「(呆れて)お前、間に合うのかよ」
愁「(舌を出して)ぎりぎり」
雁「学費払ってやってんだから、サボんなよ」
愁「分かってるって。今日、晴れ? 雨?」
雁「予報では曇りのち晴れ。でも、折り畳み傘は持っていけ。天気予報なんてアテにできん。朝の星座占い並に外れるんだ」
愁「あ、おとめ座、何位だった?」
雁「だから、当らないって言ってんのに」
○東京拘置所・外観
○東京拘置所・独房内
白い浴衣姿の五藤すず子(57)が正座して、小さなテレビで映画を観てい
る、黒沢明監督の白黒映画だ。
刑務官の制服を着た、厳しい顔つきの雁が見回りするのが独房から覗ける。
すずこ「諸岡先生の弟さん」
雁、ぴたっと止まり、すずこを見る。
すずこ「(テレビをみたまま早口で)愁君、
学校行っておりませんね。いつものアル
バイトに加えて、少し時給の高い引っ越
し屋でも働いております。お金にお困り
でいらっしゃるのですね」
雁「……誰に聞いた。気味が悪い」
すずこ、指で窓の外を指す。
すずこ「諸岡先生をお救いするよう言い遣っ
たのですよ。私は悩めるアリ人を救うために存在しておりますから」
すずこ、首だけ回して雁を見る。
すず子は真顔のまま、またテレビを見る。すずこを気味悪そうに見る雁。
○同・刑務官控え室(夕方)
机に向かって事務作業をしている雁。
木原昭三(43)が手に持っている書類を雁の机に置く。
雁「(うんざりした顔で)またですか」
木原「若いうちに苦労しとけって。じじいに
なっても続けていけるようになるから」
雁「木原さんみたいになれと?」
木原「がははは。悪くないだろ?」
雁「(ふてくされ)絶対嫌ですよ」
木原「お前、さっき祈祷師に話しかけられて
たな。聞いたらいけないぞ、まさか、信じていないよな?」
雁「五藤すずこですか。……当然ですよ。祈祷師っていうか、詐欺師で殺人鬼で、気持ち悪いばばあじゃないですか」
木原「がははは。刑務官の中にはあいつの予言をアテにするバカもいるらしいぞ。詐欺師は相手に取入って心の隙間に入り込むプロだからな」
雁「本当にあいつが占い師なら自分の死刑決行日も分かるんですかね?」
木原「どうだろうな。俺たちだって朝一番に知らされて凹むっていうのに、事前に分かってたら気が狂うんじゃないか」
○東京拘置所・独房内(夜)
薄い布団の上、正座して、窓を見上げているすず子。表情はない。
○一軒家・諸岡家・居間(夜)
ソファの上で眠っている愁。
雁が愁に毛布をかけようとすると愁が
目覚めて笑う。
愁「やべ。寝てた?」
雁「お前、バイト増やした?」
愁「え? あ、うん」
雁「まさか引っ越し屋?」
愁「何だよ、見てたの? 声かけてくれよ」
雁「え? 本当にそうなのか?」
愁「あ、ああ。先週から派遣短期で、サカ
イで週2シフト入れてんの。きつくて」
雁、黙り込んでいる。
○東京拘置所・独房内
すず子、正座して文庫本を読んでいる。
その前に立っている雁。
雁「五藤、お前は手紙も接見も一切ないのに、どうやった。どうして俺の弟のことを」
すず子「さ来月の11日、関東で大きな災害がございます。ここも被災します」
雁「いきなり何だよ」
すず子「弟さんは来月東北旅行に行く計画を立てています。交際している女性とドライブに行くのです。残念ながら、弟さんはその女性を助けるために水死します」
雁「や、やめろ」
すず子、顔をあげて、雁を見る。
すず子「信じていらっしゃらないんでしょう? 何を怯えているんですか」
○一軒家・諸岡家・居間(夜)
テーブルの上に置かれた東北観光の
パンフレットを、雁が手に取る。
お風呂上りの愁が居間にやってきて、
愁「あ、それ、いいっしょ」
雁「……これ、いつ行くんだ」
愁「3月。バイト代ためて、彼女と」
雁「……やめろ」
愁「え?」
雁「やめろ。……俺がもう少し金出してやるから、行くなら沖縄にしろ。それか、
2月にしろ」
愁「いや、彼女の地元なんだって。だから」
雁「か、彼女の家族も一緒に旅行に行けば
いい、そのほうが」
愁「どうしたんだよ、兄貴。最近変。どうしちゃったんだよ」
雁「だよな。俺、おかしいよな」
愁「うん。まあ、いいよ。兄貴は迷信とか
信じない代わりに、大体正しいし」
○東京拘置所・刑務官控え室
ソファに座って雑誌を読んでいる木原。
段ボールを運んでいる雁。
部屋が大きく揺れ、雁は体勢を崩し、
段ボールが手から落ちる。
木原「地震か?! 何だ、この揺れは」
雁、はっと顔をあげると、壁に手をつ
きながら、部屋を出る。
○同・独房内
他の独房内からざわめく声が聞こえている中、静かに窓を見ているすず子。
雁がよろよろと独房の前に来る。
雁「五藤、お前が言っていたのは……」
すず子「日本は大きく変わりますよ。人々は
絶望し、悲観的し、経済も滞るでしょう」
雁「お前は本物なんだな。本物の」
すず子「残念です。アリ人たちを導き、真の
心の故郷に連れていかねばならないのに」
雁、その場にうずくまる。
○東京拘置所・刑務官控え室(朝)
雁、カレンダーを新しくしている。
カレンダーは『2011年5月』。
雁、スマホを取り出し、メールを見る。
占いのメルマガを見て、ほっとする。
雁「さそり座は仕事運いいのか」
木原が部屋に入ってくる。
木原「さっき、聞いたんだが、今日、五藤すず子の死刑が決行される。……俺とお前、
死刑決行人だそうだ」
雁「え……俺?」
木原「最悪だよ。気分悪いな。こればかりは
何年働いていてもしたくねえわ」
○同・前室
読経の声が響いている。
すず子に目隠しの布を巻こうとする雁。
すず子、雁の手をぎゅっと掴む。
すず子「諸岡先生、あなたが私を殺します」
雁、目を見開き、固まる。
すず子「あなたの押すボタンで私は死にます」
雁、手に持っている布を落とす。
木原、雁に駈け寄る。
木原「五藤、無駄口を叩くな」
すず子「あなたは私を殺しませんね」
木原、雁の蒼白な顔を見る。
○同・ボタン室
年配の刑務官、木原、雁が、死刑決行のためのボタンを目の前に立っている。
○同・執行室
踏み板中央に立たたされ、縄を首にかけられているすず子。
○同・ボタン室
壁の時計を気にしている所長。
雁、自分を抱きかかえるようにして身体の震えを抑えている。
木原「しっかりしろ、3人でボタンを押す」
雁「違う……俺、俺が五藤を殺す!」
所長が近づいてきて、雁の肩を叩く。
所長「誰だってそう思うんだ。心を静めろ」
雁、首を横に振っている。
○同・執行室
絞首され、ぶら下がったままの五藤。
雁がフラフラと近づいていく。
雁「お前は悪人だったのか、それとも本当の救世主だったのか。俺の弟はあんたのおかげで死なずに済んだ」
雁、頭を手で押さえてうずくまる。
五藤(声)「あなたに私の死を預けます。そして、私の力も。世の中を正しい方向に導くのも悪しき力に染めるのも、あなた次第です」
雁、顔をあげる。
五藤の身体が一瞬はねる。
雁、目から涙を流しながら頷く。