20枚シナリオ『窓』
『ママ未満』
☆人物
秋田 加奈子(38)秋田の妻
二宮 悟(29)B棟の住人
二宮 祐子(24)二宮の妻
二宮 レイ(1)二宮の息子
田所 有馬(47)不妊治療クリニックの医師
○公営住宅A棟~前の歩道(朝)
スーツ姿の秋田風太(42)がゴミ袋を持って、階段を下りてくる。
引っ越し用トラックが停まっている。
B棟から二宮悟(29)が出てきて、引っ越し業者の男と言い争っている。
秋田はちらっと二宮を見て、そのまま
会社へと向かう。
○公営住宅A棟・秋田の自宅・リビング
秋田加奈子(38)がテーブルの上の婦人体温計を睨んでいる。
加奈子、深い溜息をつく。
子供の泣き声が聴こえ、加奈子は顔をあげる。そして、立ち上がり、窓のカーテ
ンをめくり、外を見る。
向いのB棟、3階の部屋、ベランダで
泣いている二宮レイ(1)と、大きい声で叱りつけている二宮祐子(24)。
レイは大きな目に涙を浮かべている。
加奈子は、カーテンをさっと閉める。
加奈子「…あんなに叱らなくてもいいのに…」
○不妊治療専門クリニック・診療室
白衣の田所有馬(47)の話に耳を傾けている秋田と加奈子。
田所「AMH検査の結果、卵巣機能が実年齢よりもちょっとアレなんですよね…」
加奈子、沈んだ顔で俯く。
秋田「…あの…治療できるとしたら、どんなことがあるんでしょうか」
田所「妊娠しないわけじゃないんです…ただ、自然妊娠の可能性は低いですね」
田所はパンフレットを秋田に手渡す。
秋田「…高度治療ですか」
加奈子「…体外受精だと…結構しますよね…」
田所「…一回40万程度を見てもらえれば」
加奈子「…40万…」
秋田「…可能性があれば賭けてみたいよな…な、加奈子」
加奈子、パンフレットに目を落としたまま、返事をしない。
田所「…トライするなら早めがいいですよ」
秋田、力強く頷く。
○公営住宅A棟・秋田の自宅・寝室(夜)
秋田、加奈子、ベッドの上で並んで座っている。
秋田「俺…やる気出てきた…とにかく精のつくもん食べて、元気な精子を出してみせる」
加奈子「…うん…」
秋田「どうしたんだよ」
加奈子「…もう5年だよ…あと何年続くんだろう」
秋田「…納得するまで続ければいいさ…お金なら俺が稼ぐよ、馬車馬のように」
子供の泣き声が聞こえる、加奈子、立ち上がり、窓のカーテンを開けて、外を見
る。
秋田「…うるさいよな…たぶん最近引っ越してきた若い連中だろう」
加奈子「…あの人、いつも苦しそう」
秋田「…え?知り合いになったの?」
加奈子「ううん…でも、よく子供が泣いてるから…ママになれたのに、あんな嫌そうな顔ばかりして…私ならあんな顔しないのに…世の中不公平だよ」
加奈子はぴしゃっとカーテンを閉める。
秋田「…体外受精に賭けよう」
加奈子は秋田の方を見て、頷く。
秋田はベッドに戻ってきた加奈子をぎゅっと抱きしめる。
○公営住宅A棟~前の歩道(朝)
秋田がスーツ姿で出てくる。
二宮がふらふらとB棟のほうに歩いていくのを見かける秋田。
秋田「…朝帰りかよ」
秋田、二宮の後ろ姿を睨みつけるが、腕時計を見て、急いで歩いていく。
○公営住宅内の公園
加奈子、ベンチに座ってぼーっとしている。
祐子がレイをベビーカーに乗せて公園にやってくる。
加奈子は立ち上がり、去ろうとする。
祐子、加奈子に声をかける。
祐子「あの、いつもすいません」
加奈子、びっくりして振り返る。
祐子「…A棟の方ですよね…あの、子供がいつも泣いて…うるさくてすいません」
祐子、加奈子に頭を下げる。
加奈子「い、いえ…そんな…」
祐子「公営住宅はファミリー向けって聞いてたんですけど…もっと子供が多いかと思ってたらそうでもないですね…」
レイは指を咥え、祐子を見上げている。
祐子はレイの手をぴしゃっと叩く。
加奈子「…子育てって大変ですか?」
祐子「…旦那が何もしてくれなくて…実家にも帰れないし…人様に迷惑かけちゃいけな
い…そればかり考えてます…」
レイ、加奈子のほうに手を伸ばす。
レイ「ちゃ、ちゃ」
加奈子、恐る恐るレイのほうに手を伸ばす。レイは加奈子の指を掴んで離さな
い。
祐子「こら、レイ」
加奈子「いいんです…指…可愛いですね」
祐子、ほっとしたように笑う。
加奈子、レイに指を握られたまま立っている。
○不妊治療専門クリニック・診療室
笑顔の田所。秋田と加奈子は涙を流している。
○公営住宅A棟・秋田の自宅・リビング
ソファに座って編み物をしている加奈子。秋田はソファで寝ている。
子供の泣き声を耳にして、立ち上がる加奈子、窓のカーテンをめくり、B棟のほ
うを見る。
加奈子「あなた、ちょっと来て!」
風太、慌てて窓のほうに行く。
B棟の二宮の家のベランダに、祐子とレイ。祐子は窓をどんどん叩いている。レ
イは泣きじゃくっている。
秋田「こんな真冬に外に締め出したのか?!」
加奈子「祐子ちゃんのお部屋303だから、お願い、あなた行ってきて!私、警察呼ぶ
から」
秋田「分かった!」
秋田、慌ててリビングを出ていく。
加奈子、窓を開けて、大きな声を出す。
加奈子「祐子ちゃん!今、警察呼ぶから!!」
祐子、加奈子に気が付き、目に涙を浮かべて、レイを強く抱きしめている。
加奈子、部屋に戻り、電話をかけようとする。
急にお腹を抱えてうずくまる加奈子。
はっとして、お腹を見つめるが、腹痛に顔を歪めながらも警察に電話する。
加奈子「すいません、知り合いが夫に暴力を受けているようで…至急来てください…」
背中を丸めて、警察との電話を続ける加奈子の後ろ姿。
○公営住宅B棟・二宮の自宅・玄関・外
二宮がドアを半開きにして、目の前の秋田を睨みつけている。
二宮「だから、お前には関係ねえって言ってるだろ?」
秋田「祐子さんは妻の友人だ!早く、祐子さんと息子を家の中に入れてやれ」
二宮「しつけだよ!嫁と子供をどうしようが俺の勝手だろうが」
秋田、二宮の頬めがけてパンチを食らわせる。二宮、後ろに倒れ込む。秋田、拳
をさすりながら、急いで中に入る。
○公営住宅A棟・秋田の自宅・リビング
うつ伏せになってぐったりしている加奈子。
ドアを開けた秋田、びっくりして駈け寄る。
秋田「加奈子!!」
加奈子の目から涙が零れ落ちる。
○ペットショップ
子犬がケージ越しにじゃれていて、その前で微笑んでいる加奈子。
秋田はその後ろで加奈子を見ている。
秋田「…なあ、本当にいいのか」
加奈子「…私、決めてたんだ…40歳になったら…切り良くやめようって」
秋田「…一回うまくいったんだから…また、頑張ればいいじゃないか」
加奈子は振り返って笑う。
加奈子「…あなたがいてくれるから…私はそれだけで幸せ。…子供がいない人生を…ちゃんと考えていこうと思う…」
秋田「俺は加奈子が幸せなら…それだけでいい。何も要らないよ…」
加奈子、子犬を再び見つめる。
加奈子「…あの時ね…私、一瞬ママの気分だったの…誰かを守りたい、そんな強い気持ちを持てた…お腹の子が勇気をくれたんだと思う…私、ママだったよ」
秋田「うん、そうだね…」
加奈子「ねえ、この子、さっきから私のことずっと見てる」
秋田は加奈子の隣に並んで立つ。
加奈子「…うちの子になりたいのかな?」
子犬は嬉しそうに尻尾を振っている。
秋田「…加奈子、こいつにべったりになって、俺のことどうでもよくなったりしない?」
加奈子「やきもち焼くの早いよ、パパ」
加奈子の笑顔につられ、秋田も笑顔になる。
秋田と加奈子、子犬を見つめている。