20枚シナリオ 『憎しみの一瞬』
『ゼロ銭ゼロ縁』
★人物
笠原 彩香(19)大学生
笠原 二郎(47)彩香の父
笠原 和子(45)彩香の母
安形 凛子(26)彩香の姉
○××銀行・△△支店・外
通帳を手に持った笠原彩香(19)。
彩香「あと、少し……あと30万か……」
○スガキヤ・店内(夕方)
カウンターの中でバイトしている彩香。
安形凛子(26)が店に入ってくる。
彩香「え、お姉ちゃん、どうしたの?」
凛子「元気にしてるかなって思って」
彩香「あと30分で終わるけど」
凛子「今日は家庭教師はないの?」
彩香「うん。だから、待ってて」
凛子「じゃ、ソフトクリーム貰おうかな」
彩香「まいどありっ」
○住宅街(夜)
彩香と凛子が肩を並べて歩く。
凛子「大学出て結婚しても、まだ、奨学金払ってんだよ? たまにバカらしくなるわ」
彩香「あのバカと縁が切れてるんだから。いいいじゃん。私も早く家を出たいなあ」
凛子「あと数年の辛抱でしょ」
彩香「その前に、カナダに留学するから!」
凛子「バイト増やした理由はそれか。あんまり無理しちゃだめよ」
○笠原家・リビング(夜)
ラップのかかった夕飯がテーブルの上に置いてある。その前に座る彩香、手
を合わせてから食べ始める。
ソファにふんぞり返って座っている笠原二郎(47)は鼻歌を歌いながら、
ゴルフクラブを磨いている。
彩香、ちらっと二郎を睨む。
二郎「(視線に気が付き)お前にも分かるか、このクラブの良さが……セットで50万
や、安いもんやわ。男やったらな、プロゴルファーにでも野球選手にでもさせたるの
に」
彩香「100万回は聞いた」
二郎「女が2人もいたら家計は赤字や、せめて良い家に嫁げばいいものの、凛子はしが
ない公務員と結婚ときた。お前くらいは俺に夢見せてくれよ」
彩香「うちにお金を一銭もいれない人に、そんなこと言われたくない。お母さんが働い
てくれたお金で私は大学に行けてるし」
二郎、じろっと彩香を睨む。
二郎「この家を買ったのは俺やぞ。気に食わなんなら今すぐ出て行け」
彩香、黙って夕飯を食べ続ける。
二郎、立ち上がって、彩香のもとへ。
いきなり、テーブルの上を手でなぎ払い、床に夕飯と食器が散らばる。
二郎「返事は? この家に住みたいんか?」
彩香、しゃがみ、夕飯を手で拾う。
二郎「(イライラして)住ませてください、やろ? はよ言わんか!!」
彩香の手の上に、二郎のはいているスリッパが振り下ろされ、彩香は二郎を
下から睨み付ける。
二郎「この家に可愛げのある女は一人もおらんな……ったく」
彩香、目に涙を滲ませている。
○同・彩香の部屋(夜)
机に向かって、英会話を勉強している彩香。耳にイヤフォンをしている。
壁には世界地図、国境なき医師団のポスター。白い紙に、「カナダ留学のた
めに100万貯める!」と書いてある。
○N大学・外観(夕方)
華やかな格好をした女子学生が門から出て行く。慌てた様子の彩香がその横
を走っていく。
看護師の声「笠原和子さんの娘さんですか?
お母様が倒れて、救急車で運ばれました」
○N市立総合病院・病室(夕方)
ベッドで眠る笠原和子(45)。隣の椅子に座り、肩を落としている彩香。
慌てた凛子が部屋に入ってくる。
凛子「ちょっと、お母さんどうしちゃったのよ。脳梗塞?!」
彩香「倒れた時に頭を打ったみたいだけど、脳に異常はないみたい。過労だって」
凛子「……こんな日がいつか来るって思ってた。お母さんも年だし、今までと同じよう
にガンガンに仕事してたらこうなるって」
彩香「大学、やめたほうがいいのかな……」
和子が苦しそうに唸る。
凛子「何で私達だけが苦しまないといけないんだろうね。お金はあるのに。あのバカの
せいで、お母さんはこんな風になって」
彩香「いっそのこと、死ねばいいのに。そしたら、保険金がおりて、お母さん働かなく
て済むんじゃない? いっそ私達の手で」
凛子「あ、お母さん……お母さん!!」
和子の目が開き、凛子、彩香が身を乗
り出す。弱弱しく笑う和子。
和子「2人とも……ごめんね」
凛子「ああ、よかった!」
彩香「良くないよ、全然。だって、あのバカのせいでお母さんが」
凛子「彩香」
和子「ごめんね。お母さん、すぐ退院するから、皆で何か美味しいものでも食べに行き
ましょう。豪華に、ひつまぶしでも」
彩香「そんなの要らない、要らないから!」
部屋を飛び出していく彩香。
凛子「あの子、あの人と家に2人きりになるのがイヤでバイト増やしてるのかな」
和子「ごめんね、本当に……」
凛子「謝らないでよ。お母さん、すごく申し訳ないんだけど、病院代、うちから全額は
出してあげられないかも」
和子「大丈夫よ、お母さん、念のために蓄えくらいあるし。それにさっさと退院しち
ゃえば、そんなにかからないでしょうし」
和子、急に頭をおさえて苦しむ。
凛子「ちょっと、か、看護師さん!!」
○笠原家・リビング(夜)
ソファに寝転び、缶ビールを飲みながら、野球の試合を観戦している二郎。
息を切らした彩香が入ってくる。
二郎「おお、早いな、今日は」
彩香、テーブルの上のリモコンを手に取り、テレビを消す。
彩香「何やってんのよ。お母さんが倒れたの知ってるでしょ? 呑気に野球見てるなん
て、気がおかしいんじゃないの」
二郎「帰ってきてそうそうにガミガミ。お前、男いないだろ。カリカリ、ガミガミ、
おい、見ろよ。新しいゴルフバッグや」
二郎、部屋の隅にあるゴルフバッグを指差して、ご満悦の顔。彩香、見るこ
となく、二郎を睨みつけている。
二郎「いいやろう、別に」
彩香「そんな金あるなら違うことに使って」
二郎「あるとこにはあるんやな、これが(ニヤニヤ笑って)冷蔵庫に鰻あるぞ。食え」
彩香「もう、いい。話にならない!!」
彩香、リビングを飛び出す。
○同・彩香の部屋(夜)
彩香、机の引き出しを開けている。通帳を取り出し、見つめる。
彩香「お母さんが命を削って私の学費を稼いでくれていたから、私は将来の夢を見つけ
られた……またバイトして貯めたらいい」
通帳を机に置き、部屋を飛び出す。
○××銀行・△△支店・ATMの前(夜)
彩香の後ろ姿。へやりと座り込む。
彩香「ない……どういうこと? 誰が?」
彩香、はっとして、青ざめる。
彩香「まさか」
彩香の携帯電話が鳴る。
家の電話の音がそれに重なる。
○笠原家・リビング(夜)
家の電話の受話器を手に取る二郎。
二郎「笠原ですが……え、しゅ、手術? こ、今晩? で、いくらかかるんですかね。なるほど。分かりました」
受話器を置き、黙り込む二郎。
○N市立総合病院・オペ室前の廊下(夜)
凛子と彩香、青い顔をして座っている。
凛子「ああ……神様、お願いします、神様」
彩香「あいつが、あいつが全部悪いのに。どうしてお母さんなの? どうして……」
凛子「今はあいつなんてどうでもいい」
二郎がフラフラと歩いてやってくる。
彩香「今更何しにきたのよ」
彩香立ち上がり、二郎の前に立つ。
二郎「金がいるんだろ」
凛子「来ないと思ってた」
二郎「手術に必要な金だよ。200万用意した、これで足りるだろ」
二郎、茶封筒を取り出し、見せる。
彩香「いらない、いらない!!」
凛子「彩香、でも……」
二郎「俺にかかりゃ、数百万用意するのなんてちょろいんや。結局、俺に口答えしたっ
て、こんな時は父親の俺が救いの神やろ」
封筒を椅子の上に放り投げ、帰ろうとする二郎。彩香、封筒を取り、二郎の
背中に投げつける。
彩香「一円も受け取らない。お金は私が絶対に用意する、何してでも!!」
二郎「ああ、俺にできないことがあったな。若い女にしかできないやつ、身体使えば
簡単に稼げるじゃないか。あはははは」
彩香、正面から二郎に掴みかかり、首を絞めようとする。凛子が慌てて制す
るが、彩香の顔は鬼のようで、一向に手を緩めることはない。
彩香「一銭もいらない、縁を切って、お願いだから!!」